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津久見港から高速船「やま丸2号」で出航したスタッフ。甲板で潮風に吹かれながら、海からみるセメント山の風景に感動していると、船の沖合に、なんとイルカの背がチラホラ!島に向かう船までもが、既に楽しい保戸島ツアー。
保戸島では、まず、漁協の方にマグロ漁について取材しました。
マグロ漁の方法は「延縄漁業」。120~130kmの縄を使い、約800m毎に20本の枝縄(約20m)を付け、これにエサと針を仕込んだものを、船から投げ入れるという漁法です。(投げ入れ終わるまでに5時間!さらに巻き上げるのに12時間近くかかるとか!)エサはアジやイワシ等ですが、実は、掛かったマグロをエサにしているのがシャチ。せっかく巻き上げても残っていたのは頭だけ…という事もあるそうで、海の厳しさを思い知らされます。
「現在は、約4ヶ月かけて、パプアニューギニア等へ行って操業する160tの遠洋船は1隻のみで、あとは、60~100tの船が25隻、20t未満の船が10隻で頑張ってます」とお話されていました。
その多数を占める漁船でも、1ヶ月半ほどかけて、ミクロネシアやハワイなどの海で漁をしているそうで、まさにマグロ漁業は、太平洋が仕事の舞台という壮大なスケールで行われているのです。 |
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1945年7月25日。朝10時の国民学校(現・保戸島小学校)を米軍が空襲。授業中の校舎を爆弾が直撃、さらに逃げる子どもたちに機銃掃射が行われ、125名の児童と2名の先生が亡くなりました。当時9才だった島人の男性は、その現場を生き残った一人として、この悲劇をずっと伝えるべく、市内外で悲惨な戦争の語り部としてご活躍されてきました。「も~怖いなんていうもんじゃない!3発目が校舎に落ちて、鼓膜が裂けるようなもの凄い音。子どもの身体は、手足もばらばらに吹き飛んで…。親は3日3晩泣きながら我が子の遺骸を捜すんですが…」と、戦争がもたらす本当の悲劇を実体験のもとに話し続けてきました。
焼け跡から発見され、ついに誰のものか不明なままの骨を集めてつくられたお地蔵様が海徳寺に安置されているほか、悲惨な戦争の歴史を物語る慰霊碑が、小学校内に建立されており、罪なき犠牲者を弔う慰霊祭が毎年行われています。 |
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せまい路地と急傾斜の階段が続く、保戸島の街並み。複雑な迷路のような路地のような路地を「迷いたい」と言って訪れる観光客もいるそうなんですが、そんな斜面の路地の一角に「小料理・大川」があります。
ここでは、日豊海岸ぶんご丼海道の一店として、特別コース「保戸島ひゅうが丼コース」が味わえます。お勧めは、マグロの心臓と三味線(エラの裏側の膜)の唐揚げ。牛タンのような歯ごたえが絶品の心臓や、なんとも言えない独特の味わいの三味線等は、保戸島ならではの美味珍味です。
保戸島には宿もありますので、のんびりマグロ三昧の1日を過ごしてみるのもお勧めです。 |
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